ASDのわたしが子どもの頃から蓄積されていた”過剰適応”とは
ASDの特性が顕著に現れていた子ども時代
まずはじめに、”過剰適応”について簡単に説明したいと思います。ちなみに”過剰適応”は病名ではなく、状態名となります。
過剰適応とは
まわりの環境に合わせすぎてしまうことをいいます。自分自身についてのなにかを判断する際に、自分以外の価値観を過剰に優先し、かつそれにほぼ無自覚に順応(適応)している状態。ほんらい自分を守るための適応が、行き過ぎて自分を殺す方向へはたらくようになると、これは適応のやりすぎ、すなわち『過剰適応』です。
わたしは小さい頃から、女の子と遊ぶよりも男の子と遊んでいることの方が多い子どもでした。幼稚園の頃は一つ年上の男の子とよく遊び、その子が引っ越してしまってからは、同級生の男の子と遊ぶことが多かったのです。
どうしてあんなに男の子とばかり遊んでいたのか…
ということを考えた時に、その頃からわたしにあるASDの特性が顕著に現れていたからだと思います。そこには、女の子の遊び方と男の子の遊び方の違いを見てみてもよくわかります。
女の子の遊び方
・数人で集まり、ワイワイとおしゃべりを楽しむ
・みんなで一緒に出来る遊びをする
・”ごっこ遊び”が多い
このように、ひとつのチームとして連携させて楽しむ遊びが多くありました。
男の子の遊び方
・あまりつるまない
・何人かで集まったとしても、個々で動くことを気にしない
このように、ひとつのチームとしてではなくそれぞれが淡々とした遊びが多く見られました。
わたしはこの男の子たちの遊びの中に見られる
淡々と
という感覚に居心地の良さを感じていたのだと思います。というのもその頃からわたしにあったASDのの特性として考えられるものとして
- 雑談が苦手⇒ワイワイとおしゃべりを楽しむことが出来ない
- 集団で行動することが苦手⇒みんなで一緒に何かをするということがそもそも楽しめない
- マイペースでいられないことが苦痛⇒チームワークによりマイペースでいられないことが嫌になる
- 場の空気を読んで発言するということが出来ない⇒発言がきつ過ぎると女の子が相手だと傷つけてしまう
当時のわたしは、この様にはっきりと言語化して理解していませんでしたが、何となく自分と相手との違いを感じ取り、男の子といる方が上手くやっていける、女の子同士の中ではコミュニケーションがうまく取れないということを感じて、行動していたのだと思います。ただ、そう思っていたとしても
- ある程度は女の子とたちも遊ばないといけない
- 一緒にワイワイと楽しめることが出来るのが普通なんだ
そういう思いは常に心のどこかにあったのは確かです。
過剰適応から適応障害へ
無意識的に積み重ねられていた”過剰適応”している自分
わたしは学生時代は何とかマイペースをある程度保ちながら、毎日をやり過ごせていました。というのも、授業の時間さえ終われば、周りに合わせることもなく、自分の時間をある程度確保出来ていたからです。それでも少なからず
- 自分の気持ちを抑えて周りに合わせたり
- やりたいことを我慢していたり
ということはあったと思います。このことは長年に渡り無意識的に行ってきたことだったので、既に自分では気づかないほどわたし自身に積み重ねられ、沁みついていました。
社会人になってから急に強く表れ出した過剰適応
わたしの実家は曾祖父の代から続く、和菓子と洋菓子を販売するお店でした。ですので、わたしの就職先は、技術を身につける為の”修行の場”だと親から言われていました。多少の辛いことがあっても、我慢して乗り越えれば技術が身に付くから頑張ってやってきなさいと、送り出されました。
字義通りに受け取るわたしは、その一言をしっかりと受け止め、どんなことがあっても周りに合わせて
”やりたいこと”よりも”やるべきこと”を最優先し、それをやり遂げないといけない
そう思いました。ただ、その強い思いがわたし自身を適応障害へと追い込んでいくことになるとは、当時は思ってもみませんでいた。適応障害を防ぐために、ASDのわたしにとって大切だったのは
- 周りに合わせることなく”やりたいこと”をする時間
- 一人の時間と空間
この時間を作ることを優先しなくてはいけなかったのです。その為には環境を変えなくてはいけなかったにも関わらず、当時の職場で過剰適応し続け、自分を見失い、気づけば適応障害になっていたわたしがそこにいただけでした。その原因となる過剰適応の裏には、子どもの頃からの
我慢して相手に合わせるということも必要なのではないか
という思いが蓄積されていたことと、そのことを”修行”という言葉から、強く決意してしまったからだと思います。
”やりたいことをする時間”確保するために
ASDにとって”やりたいことをする時間”というのは、思っている以上に重要だったりします。それが例えば
- 好きな音楽をゆっくり聴く
- 読みたいと思っていた本を読む
- 好きな場所で一人でゆっくりする
この様な、それくらいならいつでも出来ると思えるものであっても
いつでも出来ると思ってその時間に対して重きを置いていないと、後で何かよくわからない大きなストレスとなって自分に襲いかかってくる
ということになってしまうこともあります。そうならならない為にも
やりたいことを最優先したスケジュールを立てていく
ということが大切だと思っています。それがたとえ1時間、1時間が無理なら30分であっても優先するということなのです。ASDにとって
ASDでありながら自分の生き方を楽しめる、そういう人生を送っていけることが出来ると、わたしは思っています。
最後に
発達障害という言葉が世に広まりだしたのも、ASDやADHDという人達が注目され始めたのも
時代の移り変わりと共に、今の時代に生きる人たちの感覚が変わってきた
というところがあると思っています。だとしたら、その時代に一足遅れて診断された大人のASDの
それまでの時間はどうだったのか、どうやって生きてきたのか
ということをわたしはよく考えます。ASDと診断されて、自分の事がある程度、理解できたとしても、過去にあったことはフラシュバックが強くあるからこそ、忘れたいことでも忘れることが出来なくて、苦しんだりします。そんな自分のままで、生きていくということを受け入れていくのは、正直なかなかの覚悟がいるものだと思っています。
それでも、今、ここに立っている自分に注目することが少しでも出来れば
- 過去の自分の経験が全て、今の自分にとって大切な人の為のものであったり
- 過去の自分の経験は今の、自分の成長の為のものであったり
そういった本質に気づける時が来るものだと思っています。辛かった経験を逆に活かしていく、ということに楽しみを持つことをして、それまでの自分とは違う目線で世の中を生きていくことをして、これが自分なんだと気づいた自分で、これからを生きていければと思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
*わたしが書いている内容は、ASD当事者であるわたし自身の経験が基です。発達障害は一人一人、特性は同じではありません。ですので、全てのASDやADHDの方にそうだとは言い切れませんので、その部分はご了承下さいませ。
*画像はhttps://unsplash.com/というFree素材を使用しています。
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