ASD 想定外なこと、自分のルールに反することが起きた時

発達障害

白黒思考が常に発動している

突然不機嫌になる、あからさまにイライラし始めている、その瞬間の原因が全く分からず周囲の人たちが理解に苦しむ、という状況を作り出してしまう時というのがASDにはあります。体が疲れているわけでもない、そもそも嫌なことがあって不安定になっていたわけでもない、それまでは普段通りで機嫌が良かったにも関わらず、急に怒りや混乱を生じてしまう。ただ、こういった突発的だとも感じられるASDの心境の変化には、原因となる出来事があるのです。それが

想定外なことが起きている、または自分のルールに反することが起きた時

という状況です。ASDには特性として

  • 安定したルーティンを好む
  • ルールを徹底する、正しさや正確さへのこだわりの強さ

というものがあります。こういった特性と密着に関係しているのが「白黒思考(二分法的思考)」です。白黒思考がASDにとっては普通であり常に発動しているからこそ、そのことに反した出来事が起こると、自分の中の秩序が乱されたと感じては、気持ちのバランスが取れなくなってしまうのです。

例えば、ASDには“安定したルーティンを好む”という特性があるが故に、自分の中に作り上げられたスケジュールややるべき事まで、毎日事細かに頭の中に作り上げられています。だからこそ、急な予定変更などでそのスケジュールが乱された想定外なことが起こった時には、軽いパニック状態にまで陥ってしまうこともあります。少しぐらい大目に見るということが難しいのです。というよりもそもそも、グレーな部分に対応するという概念がない、といった方が近いかもしれません。

ASDにある特性は、言葉で書いてしまえば簡単なもののように見えますが、ASDにとっては日常生活にとても密接に関わっていて、そしてその度合いは定型発達の人たちとは比べ物にならないほど高いものなのです。加えてその特性を意識してコントロールすることがどれほど難しいのかは、多数派の人たちの感覚を大きく超えていると、まずは認識していただきたいのです。その認識がなければ、ASDを理解すること自体が難しくなってしまうからです。

自分の中で起こるジレンマに苦しむ

では実際、ASDにとって想定外なこと、自分のルールに反することが起きた時にはどうなってしまうのかを、わたしの実例から書いていきたいと思います。

例えばある日の朝、息子が体調を崩して学校を休まないといけないという状況になった場合、こういった時にはさすがにイライラすることはありませんが、わたしにとっては想定外なことであるために、その瞬間とてつもなく動揺してしまいます。もちろん息子を心配する気持ちがあって、その上でのことですが、わたしの中でみっちりと組み込まれていた予定を事細かに組み直す、という作業を瞬時にしなくてはいけなくなるため、ものすごい労力を使います。言うなれば、田舎道をゆっくりと車でドライブしていたのが、急に高速道路に入りガソリンを一気に消費するほどアクセル全開で運転しなくてはいけない状況になる、という感覚です。そのみっちりと組み込まれた予定というものは、特に大きな予定を組み込んでいる日だけのものではありません。極々日常的な、普段の一日であっても細かく決められているために、どんな日であっても想定外のことには対応が難しくなります。

その他にも、普段は夜遅くなる長男の塾のお迎えをするのは仕事帰りのパートナーで、わたしは次男の寝かしつけをする、ということが決められているところに、パートナーが仕事の関係でどうしてもお迎えに行けなくなったから、その日だけ長男のお迎えをお願いされた、という時にはどうなってしまうのか。ちなみにお願いされたのは直前ではなく、一日前であっても動揺は隠しきれません。それほど安定したルーティンがASDにとっては重要度が高いということなのですが、その時のわたしの様子はというと

「そうなの?仕事大変なんだね!いいよ、何とかお迎えはいけるから。」

という言葉は咄嗟に出てきません。一瞬、言葉につまり

「え…あぁ。うん。何とかするよ…。」

そんなそっけない返事で承諾するものの、心の中では

(無理無理っ!そんなの絶対無理だってっ!!)

そう叫びたいほど、頭の中は混乱し軽いパニック状態になります。想定外のことに加え、まるでルール違反をされたかのような衝撃まで降りかかってきます。お迎えに行かないと当たり前に息子が困る、もちろんどうにかして行くのだけれど、その切り替えの部分でかなりのストレスと疲労を抱えることになる。このように、想定外の内容がどうしても仕方のない事情であったとしても、自分の中で起こるジレンマに苦しめられます。

ASDにとって想定外なこと、自分のルールに反すると感じられることが起きた時、ASDから咄嗟に出てくる言葉や態度は心無く感じられることで、冷たく自分勝手な人だと見られてしまっても仕方がないと思います。ただ、ASDの人たちはそうではなく、生物学的な特性が関わっていて、自分でもその部分をコントロールすることは手強い場合が多いのです。どちらかというと、必死でジレンマと格闘しているからこそ、落ち着いて相手と接するなんてことはキャパオーバーなのです。相手を思う気持ちと自分の行動が伴わない、その事実を何とか頑張って説明したとしても、ASDに知識のない人たちには理解されることも少なく、結果的にはどうして自分はこうなんだと責めてしまう場合もあります。

想定外なこと、自分のルールに反することが起きた時にはどうするか

ASDにとって想定外なこと、自分のルールに反することが起きた時というのは、どちらにしても、自分の期待に反することが起きた時です。実はこの事実を

自分の課題として自覚し、改善しようという意欲があれば改善可能なのです。

自覚を持った上で更に具体的に取り組むための、いくつかの大切なポイントがあります。このことは実際に、わたしやわたしのASDの息子とも日々取り組んでいるもので、効果が実感できるものなので挙げてみたいと思います。

気持ちを落ち着かせる対処行動を探り、身につける練習をする

例えば息子の場合だと、気持ちが不安定になり始めた時に“好きな本を手に取り、気持ちが落ち着くまで読む”ということをしています。このことは事前に息子と話し合い、どういった方法が効果的かを探り決めたものです。その他にも“1人になれる場所に移動する”というものもあります。このように、自分の気持ちを落ち着かせるためのアイテムや方法を探ってみてください。そしてそのことを記憶し、練習していきます。わたしの場合でいうと、今はそれほどこの方法を取ってはいませんが以前は、“処方されている漢方薬を頓服のようにして飲む”という方法を取っていました。それよりもわたしが今取っている方法としてあるのが

自分の課題だと気づくこと

この部分を咄嗟に意識して、思考の入れ替え作業に励むというものです。例えば

「こういうこともある…こういうこともある…。想定外が起こったんだ。」

そう何度も何度も頭の中でぶつぶつと念仏のように唱えます。自分の課題だと自覚がなければ、強いストレスをもろに受けてしまい、思考も相手とのコミュニケーションも停止してしまいます。そしてその延長線上には、暴発的な発言や行動に繋がってしまう事まで出てきます。こういったリスクを減らすためにも、自覚し、自分に気づかせ、適切な指示を自分に送る、という方法です。そしてもう一つ、忘れてはいけない大切な思考の引き出しを作るとすれば

この事態の原因になった人の身になって考える

というものです。本当に自分だけが辛いのか、相手は自分をわざと困らせようとしたのか、この状況で一番辛く困っている人は誰なのか。この部分に目を向けるのです。このことは、自覚がない頃のわたしには到底無理なものでした。ASDの特性があまりにも色濃くあるために、相手を思いやる余裕もない、そして合理的に考えるということすら難しかったのです。ただ、こういった状況を把握することができれば、突発的に起こった想定外の出来事からパニックになり、そこからの心無い発言で相手を傷つけたり、自分自身も強いストレスを抱えたりすることも防げます。そして最後に、わたしにとってとても有効だったのは

自分のことを一番わかってくれている人が同じ状況にあった時にはどうするだろう、そう想像してみること

というものです。自分のことを一番わかってくれている人とは、例えば支えてくれている家族や恩師、主治医の先生でもいいと思います。その人たちならこの状況にいた時にどういう反応をするか、どういう言葉かけをするかを想像するのです。わたしの場合だとパートナーなので彼の姿を想像し、いつもこう考えます。

(あの人ならこの状況でも、まずイライラなんかしないな…。きっと快く引き受けてるだろうな…。)

そうやって、自分もそうありたい、そう真似してみようと思いながら落ち着いて自分を振り返るのです。実際そのことで、気持ちも和らいでいきます。もちろん、パートナーが瞬時にストレスを抱えることなく予定の変更が可能なのも、ASDのわたしとはそのこだわりの強さや特性が違っているから、というそもそもの部分があってのものですが、それでも、この方法を取ることでわたしはストレスがマックスになる、ということは防げていると思います。

そしてできれば、小さなことだと感じられるかもしれませんが、こういったASDの日々の取り組みを話し合える環境を作ることも、わたしはお勧めしたいです。

「急な事だったけど何とか対応できたよ。」

「そうなの?!凄いね!頑張ったんだね!。」

例えばこのようなASDの特性を認め合い話し合える環境は、大人のASDにもASDの子供達にとっても、とても救いになります。それが心の安定につながり、結果的に相手との関係性も改善されていくからです。

ASDにとって想定外なこと、自分のルールに反することが起きた時というのは一言でいうと、ただただ大変です。いつもこんな難しい自分に悩まされては、自分の事が嫌になったりもします。だとしても、そういった自分が全てではないし、問題を何とか乗り切る術も世の中には存在します。完璧でなくていいし、失敗してもいい。そう自分を許しながらASDが本来もつ穏やかで優しい姿を取り戻し、自分の思考に支配されないよう自由な心を持って、生きていってほしいと思っています。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

*わたしが書いている内容は、ASD当事者であるわたし自身の経験が基です。発達障害は一人一人、特性は全く同じではありません。ですので、全てのASDやADHDの方にそうだとは言い切れませんので、その部分はご了承下さいませ。

*画像はhttps://unsplash.com/というFree素材を使用しています。

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