ASD ASDと「収集癖」

発達障害

一般的ではないASDの「収集癖」とは

ASDには「収集癖」のある人が結構います。私自身もその中の一人です。「収集癖」と言えば“むやみにものを集めたがる癖”というものですが、ASDは確かにこの説明に異なる事はなく、その通りに当てはまっていると思います。ただ、ASDの収集癖に関しては一般的ではない、少数派としての収集癖というものも存在します。その部分を付け加えて表現するとすれば

  • 「むやみに」の範囲がとてつもなく広すぎる
  • 「集める」ということがいつの間にかルーティン化されてしまい、収集したいという感覚以外の部分で継続してはやめられなくなる

というものです。趣味で集めるものはもちろん、それ以外のものでも無意識的に“気に入ってしまったもの”を片っ端から集めようとしてしまう、というものと、入り口は「集めたい」という意識の元での行動であったとしても、いつの間にかそのこと自体がマイルール化し、そして義務化されてしまうが故に集めることをやめられない、というものもASDには付け加えられてしまうのです。

ちなみに一般的に収集癖と聞くと、多趣味でその趣味ごとにいろんなものを沢山集める人、というどちらかと言えば楽しみながら集める人と、精神的に不安定な要素が根底にあって、その部分が強く影響しているからこそ見境なく何でも集めては捨てられない、というこの2つのイメージを思い浮かべるかもしれません。では、ASDの収集癖はどちら側なのか、と言うとそれは

どちら側でもある

というのが私の感覚です。というのも一般的ではないと感じるASDの「収集癖」というものは、敢えて収集癖と名を付けるまでもなく、それは日常的であり、普段から、そしてどんなものに対しても集めようとすることが“普通”だからです。そこには集めていて楽しいという感覚に加え、集めていることで安心感が生まれる、その通りに行動しているパターン化された日常に反すると逆に不安になりやすい、というこの両方の感覚が入り混じっているものなのです。

ちなみにここで言う「日常的であり、普段から」というものはどういうものなのかと言うと

少しでも気に入ったもの全てにおいて

と言うものです。これが、「むやみに」の範囲の広さに繋がってきます。例えばそれは日用品から消耗品、食材においてまで、気に入ったものはいつの間にか必要な数をかなり超えて集められている、ということが起こるのです。もちろん、これは大好きだから集めたい、捨てられない、という分かりやすいものも存在します。ただ、そんな分かりやすいものであったとしても結果的には集めるだけでは終わらない、というよりも集めること自体がルーティン化されてしまうからこそ年月も、その量も終わりが見えなくなることがあります。趣味の物でも食材でも日用品でも、同じ感覚でASDの「収集癖」は発生する、そしてその事がいつの間にか集めるという感覚を超えてしまう、ということなのです。

集めるだけでは物足りない?そこに関係している特性とは

早速ですがここで、ASDの「収集癖」が一般的なものとは違う、度を超えて存在してしまうことに関係している特性を挙げていたいと思います。それは

規則的なものを好む

完璧主義

というものです。厳密に言うともう一つ影響の強い特性があるのですが、まずはこの2つにフォーカスして見ていきたいと思います。例えば集めたいと思っていたものを発見した時、嬉しさと共に興奮し、そしてわくわくした感情が生まれたりすると思います。実はこの部分の感情が、ASDには「薄い」のです。もちろん無いわけではありませんが、ものすごく興奮するというよりも、淡々と作業のように集める、と言った方が当てはまります。これは「規則的なものを好む」・「完璧主義」という特性が強くあるからだと思っています。

例えば私の場合、分かりやすいものでいうと「本」です。本というとASDに限らず多くの人にとって、好きな作家やハマった内容のものを読みたいから集めた、という経験はあると思います。もちろん私も同じくそういう気持ちで本を買ったりします。ただ、いつの間にかその気持ちが“変化”していくのです。“読みたい”、という感情がありつつも、同時にそれ以上に発生してくるのが“とにかく集めたい”、そして集めたものを“綺麗に並べたい”、というものです。こうして段階的に変化してはいつの間にか、本を読みたいのか、それとも規則的に並べられているその状態を眺めていたいのか、という何が最優先で、どこに満足感を得られるのかがあやふやになったまま更に集め続ける、という状態に陥ってしまったりします。

その他にももう少しマニアックなところで言うと「食材」です。例えば、私はアボカドを好んでよく買うのですが、なくなってから買い足す、ということをここ何年も経験したことがありません。というのも、食材のような日常的なものですら無意識的に「収集癖」が発生してしまうからなのです。

とにかく少しでも気に入ったものは集めるだけにとどまらず、安心できる量を満たしている状態を確認して満足するまでがASDの収集癖だからなのです

私のアボカドに関しても、ひどい時などは冷蔵庫の野菜室に10個以上あって、ほぼアボカドで占領されている、なんていうことが日常的に起こります。しかも占領されてしまうほどの量のアボカドを見ても、「買いすぎてしまった…。」と思うよりもその光景を見て満足してしまうのです。もちろんその結果、状態がギリギリのものが増えてきて、ある日突然アボカド料理だらけになる、ということもしばしば起こってしまいます。それでも自覚しなければ、それ以上に買い足そうとまでしてしまいます。この場合だと、本の時のように並べるということに規則性が生まれると言うよりも、こだわりのあるものを買うという行動自体に規則性が生まれてしまっていて、その上、いつもそこにあるべきものだと無意識的にインプットされてしまう完璧主義が影響していると思います。このようにASDの収集癖には、特性が一連の行動パターンに関係していると言えるのです。

関係しているもう一つの特性、そしてASDの「収集癖」と上手く付き合うために

ASDの「収集癖」には、ある一定のものに集中して集める、というものもあれば、至る所に、日常的なものにまで収集癖が存在してしまう、というものもあります。だからと言って、何から何まで集めては雑然とした状態にあるものばかりではありません。逆にASDの几帳面さから、そして規則性を好むという特性から、収集したものをとても綺麗に保存しては、他の誰が見ても素晴らしいものだと言わせてしまうくらいの集め方をする人もいます。

実際、私が知っているASDの方の中には、猫の絵を好んで描いている方がいます。その方の絵のコレクションは年月もその量も膨大なものですが、綺麗にファイリングされ、更にポストカードやカレンダーを作ったりと、そのコレクションの内容は絵の完成度もそうですが、収集の仕方に至るまで良い意味で完璧だと言えると思います。

ただ、この方のように何か一つに特化して収集している、という場合には問題が発生するということはあまり見られませんが、日常的に発生してしまうASDの収集癖の中には、放っておくととんでもない状態になってしまうものもあるのです。いつの間にかその物で溢れ、だからといって整理されているわけでもない、なのにまだまだ集めようとする。これでは快適に暮らすこと自体が難しくなってしまいます。

こういった場合には、“そうならない環境作り”をしていく必要があります

例えば私の場合、日用品から食材まで、常にそこにないと不安になってしまうものに関しては、十分に足りていても買い足そうとしてしまいます。同じくASDの息子に関してもそう。とにかく紙の工作でも終わったテスト用紙でも取っておきたい、とにかく集めていたい、集めれば集めるほど無いと不安になる、となると物で溢れかえり結果的に、必要なものが必要な時に使えなくなる、その物がどこにあるのかがわからない、という問題が起こってきます。この様に、ただ単に必要だから買い足す、取っておく、ということではなく「収集癖」として変化しているものに関しては、自分自身の意識コントロールだけでは難しい部分があります。というのもそこにはASDの特性としてある

強いこだわり

ここも関係しているからなのです。ただASDにある「強いこだわり」、この部分に関しては我慢をさせたり、否定してしまってはいけません。それはASDにとって一つの安心材料として必要なものだからこそ尊重して対応すべきものなのです。

となるとやはり“環境設定”が必要になってくるのです。ですのでASDの「収集癖」と上手く付き合うためには、集めるという事自体をやめさせるのではなく、例えば良い大きさの箱を用意して、この箱に入る分だけ集める、という環境をまずは作り、そしてこの箱から溢れてきた場合は古いものを捨てるか、新しいものを足さない、という様なルールもくっつけて設定します。そうすることで案外、ASDはコントロールが可能になったりします。

ただ、日常的なものにまで収集癖が発生するということは、コントロールできていないものを常に環境設定しないといけない、ということが起こります。こういったやりとりが大人のASDであれば、自覚を持った時点である程度できたとしても、子供であれば難しいものです。だからといって、常にやり取りを繰り返すのは、かなりの労力でもあります。実はその部分を解消するためにある一つの方法があるのですが正直、簡単にお勧めできるものではありません。ですので実践してみたいと思われた時には、慎重になっていただきたいと思います。その方法というのは、ASDの子が集めていたとしても本当に全く見向きもしていない、下手すれば数年に渡りほったらかしの状態にあるものに関してだけ

こっそりと少しづつ処分する

という方法です。ただ、この方法にはものすごく先見の明が必要になってきます。というのもASDは長期記憶が人並み以上であることから、ある日突然

「あれ?ここにあったやつは?。」

というように、数年前のものであってもしっかりと記憶していることがあるからです。それが更に大切に集めていた物だとすると、逆にもっと大変な事態になってしまいます。だからこそ、これは本当に忘れているな…というものに限って挑戦する、というちょっとした賭け的な部分があるので、慎重になっていただきたいのです。ただ、成功した時には“いつの間にかその空間がスッキリしている”というプラスの要素もたっぷりとあるので、そこは子供の様子を見ながら対応してみて欲しいと思っています。

今回のASDと「収集癖」というテーマは、私自身とても興味深いものでした。ここでお伝えしたこと以外にも、本当はもっと奥深くいろんな要素が絡み合っていて、同じASDであっても様々な収集癖のある方が存在していると思います。ただこうして特性から分析していくと、ASDの得意はそのままに、困り事にはどう対処するかがわかりやすく見えてきます。少数派だからこそ、多数派の人たちの中でどう生きていくのか、あるがままの自分を受け入れながら環境をどう整えていけばいいのかをテーマに、これからもASDがASDらしく生きていける社会が築かれていくことを願っています。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

*わたしが書いている内容は、ASD当事者であるわたし自身の経験が基です。発達障害は一人一人、特性は同じではありません。ですので、全てのASDやADHDの方にそうだとは言い切れませんので、その部分はご了承下さいませ。

*画像はhttps://unsplash.com/を使用しています。

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